再び、軽い沈黙が場を支配する。
壁越しに聞こえてくる、あーちゃんと阿南の声からすると、
2人の会話は相変わらず続いているようだ。
主に話題を提供しているのは、あーちゃんの方だろうが、
それにしても、初対面の人間を相手に、
よくもまあ、そんなに話すネタがあるものだ、と J は感心する。
それがあーちゃんの才能だ、とは先程の諛左の言葉だが、
情報屋として、他人から情報を引き出すための手段だとしたら、
才能と言うよりは、技能に近いのかもしれない。
まあ、どちらでもいいことだが。
甲高いあーちゃんの声に、聞くともなしに耳を傾けていた J は、
ふと、あることを思いつき、再び諛左に話しかける。
「ねえ、諛左。どうせ阿南を引き込むんだったらさ……
ついでに、あーちゃんの手も借りようぜ」
「アーサーの?」 思わぬ提案に、今度は諛左の方が眉をひそめる。
「何でまた」
「あーちゃんだったら、センタリアンの情報屋にも顔が利くし、
メディアに載らないハコムラの噂や内緒話が手に入るかもしれないだろう?」
「アナムと鳥飼だけでは、足りないと?」
「方やボディガード。
もう片方は、役立たずで胡散臭い、ハコムラ総帥夫人の義理の叔父。
どちらも、ハコムラのすべてを把握しているわけじゃないから、
そんな簡単に有益な情報が手に入るとは思えない。それに……」
那音も阿南も、いわばハコムラの関係者である。
2人から得る情報には、内部の人間ならではの私情が多少なりとも含まれるだろう。
特に、憶測と偏見と邪推に満ちた那音の意見は、尚のことである。
更に言うなら、どちらも麻与香が後ろで糸を引いている可能性がある。
役立つ情報が得られるかどうかは怪しいものだ。
その点、『情報屋』 ならば、客観的に見た上で不審な動きを嗅ぎ分け、
『いわくありげな』 情報だけを洗い出してくれる。
第三者の視点というのは、なかなか侮れないものだ。
それを商売にしているのだから、信憑性も高い。
だが、諛左は余り気が乗らない様子だ。
「アーサーねえ……」
と言ったきり、少し考え込むような表情を見せる。
『情報屋』 としてのあーちゃんの腕前に、
諛左が少しばかり懐疑的であることは J も知っている。
今までに何度となく J 達の手助けをしてきたあーちゃんである。
その仕事ぶりに、J 自身、特に不平はないのだが、
やや完璧主義のきらいがある諛左から見れば、今ひとつ物足りなさを覚えているらしい。
しかし J としては、持ち駒は揃えられるだけ揃えておきたい、というのが本音だ。
「どっちみち、今回のヤマは、
お前とアタシだけで片付けるには、ちょっとスケールがデカすぎる。
使えそうなモンを放っておく手はないでしょ」
「本当に使えるのかね」 と、まだ諛左は疑わしげだ。
「それは、使ってみないと判らない」
「ないよりマシ、ってところか」
そう言ってため息をつく諛左には答えず、J は、ただ笑った。
今の諛左の言葉を聞いたら、あーちゃんは怒るだろうか。
いや、多分 『そんなツレないこと、言うなよん』 と笑っているだけだろう。
あーちゃんは寛容な男だ。
数年前から始まった J とあーちゃんとの付き合いが未だに色褪せていないのは、
仕事の能力だけではなく、そんな寛容さに J が惹かれているせいもあるのだ。
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