「とりあえず、阿南には 『勝手にガードしろ』 と言っておいたけど」 と、J は諛左を見た。
「別に問題ないだろう?
図体がデカくて、ジャマっちゃあジャマだけど、風除けぐらいにはなりそうだ」
「アナムが納得していて、お前もそれでいいなら、俺は構わんさ」 諛左が肩をすくめる。
「納得してるかどうかはアヤシイな。アイツ、結構アタマ固そうだゾ」
「マセナリィ時代もそうだった。多少、融通が利かないところはある。
だが、それでも手は抜かない。そういう男だ。
ま、俺としては、アナムがいて、それでお前のナマ傷が減るのであれば……」
と、諛左が J の頭に巻かれた包帯を軽く小突く。
「俺の心労も少しは減るだろうし、助かると言えば、助かる」
何が 『心労』 だ。
口で言うほど心配もしてないくせに、と J が小声で呟いたが、
かろうじて耳に届いたその言葉を、諛左は無視して続けた。
「それに、聖の側近くにいたのなら、失踪当時のこともよく知っているんじゃないか?
少なくとも、鳥飼那音よりはマシな情報源になりそうだ」
「それは、どうかな」 と、疑わしげな J の表情。
阿南は、今の聖がニセモノだということを知らないらしい。
こちらがヘタにあれこれ尋ねれば、
あの頭の固い男のことだ、アイスブルーの目を冷たく光らせて、
『何故、そんなことを聞く?』 と、逆に問い返してきそうな気もする。
コトがコトだけに 『実は……』 と、軽々しく打ち明けられる内容でもない。
「こっちが幾ら隠しててもさ、そのうち阿南も勘付くかもしれないじゃん。
それは、ちょっとマズいんじゃないか、と思うんだけど」
だが、諛左は小馬鹿にするように鼻で笑い、「何がマズいって?」 と事も無げに言い返す。
「マズいというのは、笥村麻与香への断りもなしに、アナムを巻き込むことが、か?
それは、あの女に気を遣ってるのか? それとも、遠慮か?
どちらにしても、お前らしくない気配りだな」
「……気配りできる程、デキた人間じゃないのは認めるけどね、でも」
「アナムが知らないんなら、こちらから教えてやればいいさ」
J の言葉を遮り、あっさりと言ってのける諛左に、J の目が丸くなる。
「え? 何を?」
「だから、本当のことを教えてやれって」
「……」
おやまあ、どうしたことか。
幾分 J は呆れ顔で諛左を見た。
らしくない、というなら、これこそいつもの諛左らしくない言葉だ。
常日頃、守秘義務がどうのこうのと口煩いことを言って
J を辟易させるのが諛左の役回りである筈なのに、今回は風向きが違うらしい。
「どうせ、これからアイツはお前を四六時中ガードすることになるんだろう?
事実を伏せたままでいられるわけがない。お前の言う通り、いずれバレるさ。
だったら、バレる前にバラして、こちらに引き入れてしまえばいい」
第一その方が気が楽だろう、というのが諛左の言い分である。
「それは……まあ、そうだけど」 と、渋々ながら認める J。
「アナムは口が堅いし、他に漏れることはない。
それに、バラしたところで笥村麻与香も文句は言わないさ。
お前だって、あの女の筋書き通りにコトが運ぶばかりじゃ、つまらないだろう?」
それは、どうだろうか。
J は浮かない顔で考える。
麻与香の予定表には、阿南のことも含めて今までの自分達の行動すべてが、
綿密に書き込まれているような気がしてならない。
この先、何が起こるか、も。
J がそう言うと、諛左は呆れたように、
「いい加減にしろ。お前は、笥村麻与香を意識し過ぎなんだよ。
警戒も度が過ぎると、そのうち自分の影まで怪しく見えてくるぞ」
「ふん」
何と言われようと、およそ10年前の出会いから今までずっと、
J の中には笥村麻与香への不審が根付いてしまっているのだ。
今さらそれを無視できるわけもない。
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