出来の悪い切り絵のようだった。
背後の光景の中、男の形の闇が、静かに佇んでいる。
街灯から離れて立つ男の顔は逆光で暗く、表情が読めない。
しかし、男の視線が自分に注がれていることは判る。
そのシルエットは J の記憶データにある、どの男にも当てはまらなかった。
なんてバカでかい男。
緊張感を巡らせながらも、J は頭の片隅でどうでもよいことを考える。
この場に現れる可能性が一番高いのは、勿論、諛左だが、
目の前の男は、長身な諛左よりさらに頭一つ分、背が抜きん出ている。
それに比例して体格も一回り大きく、さっきのタカギよりは頑丈さにおいて、やや勝るだろう。
タカギ。
J の直感が告げる。
タカギを撃ったのは、きっとこの男だ。
何故? いや、理由はともかく。
間違いない。
男と J は無言で向き合った。
互いに相手の様子を窺い、探り合っている。そんな空気感が周囲を漂う。
男に殺気はない。
空き地の入り口を示す、背の低い石造りの門に寄り添うように、ただ立っている。
しばしの睨み合いの後、J はゆっくりと肩の力を抜いた。
どうやら敵意はなさそうだが、それ以外の意図が読めない……。
そんな J の意向を察したのか、男はゆっくりと歩き始めた。J に向かって。
反射的に J は背を反らしたが、それ以上の動きは見せない。
5m。
3m。
2人の距離が少しずつ縮まり、暗い影にすぎなかった男の姿に、うっすらと明暗が現われる。
男が近付くごとに、長身ゆえの威圧感が見えない塊りとなり、
視覚的なプレッシャーが J を押しやろうとする。
1m。
ようやく灯りが届く範囲内に足を踏み入れた男の姿は、
しかし、光の中でさえ、どこか陰りのある印象を J にもたらした。
それは巨体を包むダークスーツと、暗い髪の色のせいだったかもしれない。
そして、アイスブルーの瞳。
皮膚の色が変化した、頬の銃創。
やがて手を伸ばせば何とか届く距離を挟んで見た男の顔は、
J の頭の中に放っておかれた過去のファイルに、確かに記されていた。
記憶の一つが、J の中でむくりと身を起こす。
記憶、というほど遠くなく、
むしろ、ごく最近どこかで見た、そんな身近な覚えのある顔。
「……あ」
思い出した。
目を眇めながら男の顔を数秒観察した J は、思わず相手を指差した。
「あんた……ハコムラの」
番犬。
つい昨日、センターエリアにある豪奢な笥村邸を訪れた時に、
玄関先で睨みを効かせていた大柄なドーベルマン。
それは、目の前にいる男に似ていなかったか?
名前は忘れたが。
数秒の凝視の末に、J は確信した。
だが、相手の正体が判ったことで、安心どころか逆に J は少し混乱した。
「な、なんで、あんたがここに……」
男は答えない。
返事の代わりなのか、世にも不機嫌そうな表情を、そのいかつい顔に浮かべただけだった。
再び無言が支配した場の中で、まだ驚きを抑えきれずにいる J の耳に、
遠い空の下で響くパトカーのサイレン音がようやく聞こえてきた……。
-ACT 6- END
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