そんな不二沢に吉報が届いたのは、2年前のことである。
NO の配下に、もう1人、部下が配属されることになった。
それが、今、自分の隣に立っているショーンである。
不二沢は横目でショーンを盗み見た。
見られた相手は、不二沢にちらりと視線を返したが、無言のまま、再び正面を向く。
うんざりしているようにも見えず、無表情な顔つきである。
ショーンはニホンと他国のハーフで、彫りの深い派手な顔立ちをしていた。
しかし、性格の方は外見に見事に反比例して、ごく地味である。
とにかく物静かで、いるのかいないのか判らない影のような男だった。
ボソボソと聞き取りにくい声で話すため他人との会話が続かない。
そのせいかどうかは不明だが、極端に口数が少ない。
今でこそ不二沢もショーンの言わんとすることを理解できるが、
当初は 「え? 何? え? え?」 と何度聞き返したか判らない。
「ショーンが口を開く時は、相棒の不二沢の通訳を必要とする」
署内では、そんなもっともらしい冗談まで飛び交った。
そんなショーンは、一部の女子職員の間では、ひそかな人気があり、
「彼が無口なのは、きっとシャイだから」 と噂されていることを、不二沢は別の同僚から聞いた。
だが、不二沢自身は、刑事としての洞察力や、相棒としての親近感を動員すればするほど、
ショーンをただの 『根が暗い人間』 としか思えない。
ショーンは、不二沢よりも2年ばかり刑事としての勤務年数が低い。
不二沢にとっては年齢的にも職務的にも後輩に当たる。
これまで自分1人で受けていた NO からの悪待遇も、
ショーンという対象が増えたことで半減する。
先輩としては不謹慎だが、単純にそう考えて不二沢は内心喜んだものだ。
しかし、予想通りに物事は立ち回らないものである。
不二沢がしみじみと実感するまで、そう時間がかからなかった。
普段は暗くて大人しいショーンだが、しかし、一度キレると手がつけられない状態になる。
それを不二沢が知ったのは、ショーンとともに行動するようになって間もない頃である。
そしてショーンの怒りを身を持って体験したのは、実は他ならぬ彼の上司である NO 自身であった。
ショーンの父親と兄は傭兵 -マセナリィ- だった。
父は、ここ50年間に起こった有名な内乱のうちの幾つかで活躍した強者であり、
兄は最近まで南国付近を根城にマセナリィとして活躍していた。
運悪く2人とも数年前にこの世を去っていたが、生前はかなりの殊勲を上げたらしい。
ショーンはそんな2人を心から尊敬していた。
それゆえ 「マセナリィ」 という職業自体に非常に好感を抱いている。
ところが、そんなショーンに反して、NO の方は大のマセナリィ嫌いで署内でも有名であった。
それは、たまたま上司と部下の間で交わされた他愛もない会話の中で起こった。
無遠慮にも NO が口にした
「マセナリィなんぞ、ただの人殺しだ」
という一言がショーンの逆鱗に触れてしまったのだ。
ショーンにとっては尊敬してやまない父親や兄そのものを 「人殺し」 と評されたも同然だった。
発作的に NO に飛びかかり、自らの上司を起き上がれなくなるまでに叩きのめしてしまったのだ。
「いやー、あれは凄かった」 後に不二沢が別の同僚に告白している。
「ショーンの目の色がカンペキ変わってて、俺も止めるのを躊躇ったくらいだ」
上司を再起不能寸前にまでしておきながら、
意外にもショーンの処置は停職処分という軽い沙汰で済まされた。
だからといって、NO 自身は部下から受けた屈辱とその処分に腹の内がおさまる筈はなかった。
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