ACT 6 - Ill weeds grow apace...disorderly -
ガチャン!
陶器が強く触れ合う音がして、不二沢 (フジサワ) は反射的に背筋を伸ばした。
目の前のテーブルで、コーヒーカップが乱暴に皿に置かれた音である。
ああ、苛立っている。いつものことだけど。
不二沢の胃が、馴染みのある、ちくりとした痛みを覚えた。
話しかけられないのを良いことに、
つい今しがたまで、ぼんやりと取るに足らないことをあれこれ考えていた不二沢だったが、
その音で、頭の中を占めていた諸々が瞬時に消え去り、
入れ替わりで、今、自分が立っている場所がどこだったかを思い出す。
コンクリート・グレイに囲まれた空間。
部屋の隅に無造作に積み上げられた雑誌や書類。
片付いているように見えて、あるがままの場所に適当に置かれているだけの日用品。
壁にかかっている時計は、少し右に傾いている。角度にして5度くらい。
殺風景とまではいかないが、暖かみにあふれているとも言いがたい、
ここは J のオフィスである。
部屋の入り口近く、通りに面した大きな窓のすぐ傍らに、
不二沢はもう1人の同僚であるショーンとともに並んで立っていた。
そろそろ、部屋を換気した方がいいのではないか。
充満する煙草の煙に目をやりながら、不二沢は考えた。
煙と混じり合った、恐らく少し濃い目のコーヒーの香りが、不二沢の鼻をつく。
そして耳に響くのは、ライターをもてあそぶ、カチッ、カチッ……という音。
その音と、時計の分針が1分ごとに刻む音を除けば、部屋の中はひどく静かだった。
中央に設えられたテーブルの上にはコーヒーカップが3つ。
そのうち2つは、運ばれてきた時と同じ量のコーヒーを湛えたまま、手もつけられていない。
自分とショーンの分だ。
残る1つは、たった今、不機嫌そうに肩を怒らせながらソファに座る男に飲み干され、
音を立てて戻ってきたばかりだった。
不二沢はひそかな視線を男に向けた。
ブラシを入れ忘れたような、乱れた髪。
薄汚れたコート。
不二沢の位置から見る分には、冴えない男の後ろ姿以上の何者でもない。
しかし、正面から見た男の風貌は、それとは真逆であることを不二沢は知っている。
緑がかった瞳は落ち窪みながらも鋭く、容赦ない。
まばらに生えた無精ひげは、うらぶれた、というよりも野生的な凄みを感じさせる。
穏やかさとは無縁の男である。
不二沢からは見えないが、今、男は恐らく、
数十匹の苦虫を噛み潰して余りある程の表情を満面に浮かべているに違いない。
その苛立ちを示すがごとく、体は小刻みに揺れ、
靴を履いたままテーブルの上に投げ出された両足の爪先が、同じリズムで振動している。
他人の事務所を何の前触れもなく突然訪れ、このような無作法な姿勢でふんぞり返る姿は
客人としては決して誉められたものではないが、
不二沢にとっては (そして恐らく、事務所の主にとっても) いつものことなので、
注意を促す進言などは最初から諦めている。
男の名は、明日間濃 (アスマ・ノウ)。
巷では 『NO (ノー)』 の通り名の方が有名な、ダウンエリア D 区の所轄刑事である。
→ ACT 6-2 へ