ハコムラ・コンツェルンの総帥、笥村聖。
その存在は、現在ニホンに住み着く在りと在る人間たちにとって様々な影響をもたらしていた。
政治、経済面においては言うまでもなく、その力は文化、科学に至るまで広く及んでいる。
『大災厄』 後の世の中で、元々は単なる重機メーカーの一つに過ぎなかったハコムラが
次第に各種産業部門に手を伸ばし、勢力を広げ始めたのは、今から200年程前。
そして、小国ニホンの全土が死に物狂いで 『大災厄』 以前の世界復興に取り組んでいた中で
最も成功したのがハコムラだった。
現在では、ニホン最多の企業を独占し、もはや揺るぎない基盤を造り上げている。
ニホンがネオ・ファイブの一つに名を連ねることができたのは、
ハコムラの存在によるところが大きいのは周知の事実である。
笥村聖はその5代目総帥にあたる。
先代から受け継いだ資産を飛躍的に増大させたことで、
今や他者の追随を許さない政財界の雄として君臨している。
以前、J が退屈しのぎに目にした雑誌のコラム欄で、
とある社会学者は、笥村聖の存在を一つの 『文明』 とまで称していた。
何を大仰な、とその時の J は思ったものだが、
その意見は万民にとって否定しがたい要素も多分に含んでいることは、J も認めざるを得なかった。
その学者は様々なメディアを通じて断言して憚らなかった。
『かの統治者の名前は生まれ出た極東の地を確実に抜け出し、
今や全世界を覆わんばかりの帝国の代名詞となるに至った。
かような人物の損失がこの先この国を訪れる不運があったならば
我々は少なからず打撃を受けることは必至である。
仮にその打撃から復興する機会に恵まれたとしても、
以前の世界とは比類すべくもない無秩序と混乱が世界中に蔓延する結果となるであろう』
この男が笥村聖の強烈な信奉者であったことは誰もが認めるところであり、
男の馬鹿げた評価が彼の盲目的な信仰からきていることは明らかであった。
科学者の言葉の8割方は差し引くとしても、残りの2割を否定することは誰にもできなかった。
今のニホンの有り様を実際に目の当たりにすれば。
以前、笥村聖という人間について、諛左が J に漏らした言葉がある。
『ハコムラ・コンツェルンの総帥、笥村聖は金の力で全てを自分の手中にした。
あの男は表の世界で目についたもの全てにハコムラの烙印を押し、
それで世の中を良いように回している気になっている、ただの目立ちたがり屋にすぎん』
成程、諛左らしい言い回しだと J は思った。
そして、ついでのように諛左は付け加えた。
『奴が死んだら? 別に世の中は何も変わらない。
ハコムラの名が他の名称に取って変わるだけのことさ』
社会学者が発した陶酔的な意見よりは余程理にかなっている、と J は思ったものだ。
その 『目立ちたがり屋』 を捜してほしい。
それが、突然降って湧いた麻与香の依頼だった。
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