那音は周囲を見回して、殊更に声を低くする。
人影も疎らな大通りには、2人の会話を聞いている者もいないのに、
つくづく必要性のない行動を取るのが好きな男のようだ。
恐らく密談をしているという雰囲気を盛り上げたいのだろう。
芝居がかったヤローだ、と J は半ば呆れながら、那音の次の言葉を待った。
那音は意外なくらい真面目な顔をして J に囁いた。
「フウノ……俺と組まない?」
「組む?」 唐突な申し出に、J は驚きの表情を見せる。
「組むって、何を」
「だからさ、今回の件で、俺、フウノに協力したい、なんて思ってるワケだよ」
「イキナリだな。何でそういう話になるんだ」
「まあ、俺もいろいろ考えるトコロがある、っていうのかな」
「……」
いよいよ怪しい。
J は無言のまま眉をひそめた。
勿体ぶった那音の言い回しが、J のカンに触る。
「立ち話も何だからさ、話のできる所に行かねえ? 俺の愛車でドライブがてら」
「やだね」
J はきっぱりと断った。
那音からの申し出に胡散臭さを感じる J としては、
じゃあ喜んで、と安易に誘いに乗る気はさらさらない。
「アヤシイ人について行ってはいけない、と厳しく言われてるんだ」
J はあながち冗談とも思えない真顔でぶっきらぼうに答えた。
「それに、あの愛車とやらが気に入らない。
誰がお前みたいなケーハクな男と一緒に、あんなケーハクな車に乗れるか。
人の車の趣味に文句をつける気はないけど、自分が乗るとなると話は別」
しかし、突き放したような J の言葉に、那音はひるんだ様子はない。
この男は、他人からのマイナス感情には極めて鈍感、という
厄介な性格の王道を行く。
いわゆる、空気が読めないヤツ、というタイプだ。
「つれないなあ、ホントに。いい車なんだよ、あれ。
いいじゃん、付き合えよ。いいトコロに連れてってやるからさ」
「いいトコロ? どこよ」
「世間では、HBC と呼ばれてるトコ」
「……まさか、ハコムラ・ビジネス・コンサーン?」
思いも寄らない行き先を告げられ、さすがの J も驚きの声を上げた。
「それ、ハコムラの本社じゃないか」
「当たり。あそこなら、ナイショ話してても人に聞かれる心配がないからな」
那音は下手なウィンクを J に投げかけた。
「どうせ、いつか本社も調べるつもりなんだろ?
だったら、事前に会社見学、なんてのもいいんじゃねえ? ほら、早く乗った乗った」
結局、その3分後。
半ば急き立てられるように J は那音の車の助手席に乗り込んでいた。
見た目の色はともかく、車の内装は比較的落ち着いた色調でまとまっていた。
木目調のダッシュボードとステアリング、それ以外は黒と銀のダブルトーン。
革貼りのシートはゆったりとした間隔で、窮屈さを感じさせない。
車にさほど詳しくない J の目にも、高級車であることが分かる。
しかし、車内の快適さに反して、J の心境はリラックスとは程遠いところにあった。
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