道端では、古びて傷だらけのブリキのゴミ缶や、積み上げられた空の木箱、
一体いつから放り出されているのか判らないほどボロボロになった段ボールなどが
雑多に地面を侵食している。
それを左右に避けながら、2人は路地を通り抜けていった。
道の途中にある家の前では、2匹の猫が気だるそうに地面に寝そべっている。
J とアリヲの姿を見ても、逃げようともしない。
打ち捨てられた空き缶が J の足に触れて地面を転がり、
その硬質な音に、猫はぴくりと身体を起こしたが、
自分達に害はないことを見て取ると、また元の姿勢に戻って迷惑そうにヒゲを振るわせた。
同じ音を聞きつけたのか、家の窓からは外を覗き込む顔が見え隠れする。
住人達の顔に、どこか頑なで、そのくせ何かを諦めたような表情が浮かんでみえるのは、
決して気のせいではないだろう、と J は思う。
警戒心、不信感、倦怠感、etc. etc.……。
裏通りに追いやられた人間だけが持つ、負に近い感情。
彼らにとっては、目の前を通り過ぎるだけの人間ですら余所者なのだ。
その感情が、他人を拒絶する雰囲気を細い路地に育んでいる。
ふてぶてしいのは、猫だけだ。
治安が悪いわけではない。
だが、空気の流れと人の意識が合い混ざって滞っている、暗い陰りのようなスポット。
ダウンエリアにはそういう路地裏が無数にあり、さほど珍しくもない筈なのだが、
路地に漂う雰囲気に飲まれたのか、いつの間にか J とアリヲは無口になっていた。
そして、少しばかり足取りが急ぎになる。
この細い空間をできるだけ早く抜けたい、という思いが、そうさせているようだ。
何度も通ったことがあるとはいえ、アリヲはこの道を嫌っている。
J と一緒の時ならともかく、一人では決して足を踏み入れようとしない。
やはり、ここに流れる独特の空気や暗さが苦手なのだ。
負の空気に対する子供ならではの恐れを抱くアリヲとは別に、
J は J で、ここを通り過ぎる度に思い知らされるのだ。
街にも陰影があることを。
それは街に住みつく人間達の人生と一致することを。
その事実が、J の倦怠を無意識のうちに増していく。
ようやく路地の終点近くまでたどり着いた時、
ふと、J は背後に何かの気配を感じ、足を止めた。
誰かに、見られているような気がした。
「どうしたのさ、J」
突然止まった J に、アリヲが心細そうな声をかける。
「うん……ちょっと」
そう答えながら、J は後ろを振り返った。
その黒い目が、たった今歩いてきた狭い道を睨んでいる。
J の視界に、放り出されたゴミや、先ほど目にした猫が大きく欠伸をしている姿が映る。
しかし、それ以外には特に注意を引くようなものは見当たらない。
既に遠くなった路地の入り口で、大通りを行く人影が一瞬だけ通り過ぎていく。
動くものといえば、それぐらいだった。
気のせいか。
J は周囲を改めて眺め回した。
あるいは、J が感じたのは路地裏の住人達の排他的な視線だったのかもしれない。
久しぶりに通ったせいか、閉塞感あふれる路地の空気に、
J 自身、少しばかり神経過敏になっているようだった。
「ねえ何なの、J」
アリヲが声を潜めて、もう一度尋ねた。
J の背後から顔だけ出して、キョロキョロと辺りの様子を伺っている。
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