階段を下りて、千代子にポットとカップを渡し、
オフィスへ足を踏み入れる J を迎えたのは、聞き慣れた賑やかしい声だった。
「じぇい ―――― っ」
声と同時に、金髪三つ編みに青い目を持つ男の、骨ばった腕が J の首筋に巻きついてくる。
「だいじょぶだったかぁ? 俺、もう、心配で心配でさあ」
「あ、あーちゃん、苦しい……」
「俺も苦しかったよーん。銃声がした、なんて、諛左が言うからさあ。
しかも、そーんなケガまでしちゃって。
ゴメンよう、ゴメンよう。俺が余計なことを言ったばっかりに」
「あーちゃん、落ち着いて……」
「落ち着いてるよん。ただ、ちょっとコーフンしてるだけだよん」
「それは、落ち着いてるとは、言わない」
「でも、無事でよかったよーん」 あーちゃんが、さらにしっかと J を抱きしめる。
「お前に何かあったら、もう、俺は、俺は」
「あーちゃん、そんな……」
「俺は、誰にメシを奢ってもらえばいいんだよう」
「その心配かよっ」
J のゲンコツが、あーちゃんの後頭部に飛ぶ。
「あ痛っ。なんだよう、冗談なのに本気にするなよう」
「あーちゃんの冗談は、時々笑えないんだよ」
「ひどーい。ホントに心配したのに」
「判った、判った。判ったから、離しなさい」
枯れ木のようなあーちゃんの腕を邪険に押しやり、
J は、そのまま部屋の奥にある諛左用のデスクへと向かう。
古びた椅子にどっかりと腰掛け、デスクに足を乗せると (勿論、諛左への断りはない)、
ポケットから真新しい煙草の箱を取り出し、封を切って、さっそく1本火をつける。
数時間ぶりの一服。
体の中を次第に染み渡っていく煙の感覚に、少し頭がクラクラした。
自らの不健康さを自覚する J だが、同時にそれを無視する。
「ところで、この人、ダレ?」
諛左とともに現われた阿南を見て、あーちゃんが尋ねる。
「俺の古い友人だ」
さりげなく答えた諛左に、あーちゃんの青い目は好奇心で一杯だ。
「ユサの? 友人? へえ、意外だなー。ユサって、トモダチいたんだ」
「ナイス・ツッコミだ、あーちゃん」
と口を挟んだ J を、諛左がジロリと睨む。
「人を世捨て人みたいに言うな」
「いや、そゆ意味じゃないんだけどね。そっかそっか。
あ、俺、あーちゃんっての。
こんな 『見てくれ』 だけど、心はすっかりニホニーズだから。よろぴくー」
「あ、ああ……」
「ほい、握手、握手。お、やっぱり、ガタイがいいと、手もゴツイねぇ。
俺さぁ、見たとおり、いかにも虚弱系って感じの体型だろ?
食っても食っても太らなくってさあ。いやー、うらやましいなぁ、ホント。
えーっと、ところで、誰さんだっけ?」
まくし立てるあーちゃんと、言葉を継げない阿南の表情が、見事に対比的だ。
初対面という壁をまったく意に介さず、
いきなり自分のペースに相手を巻き込むのが、あーちゃんのコミュニケーション方法なのだが、
当然、阿南は当惑を隠せない様子である。
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